女優として、歌手として成功している女性タレントとは

皆のお母さん的存在

今は亡き、田中好子さん

松たか子さんについては少し特殊かもしれない、それこそ最初から芸能というものに深く精通していた家に生まれたことで、少なくとも役者としての道を歩むのは決まり事としてまかり通っていた部分もあるかも知れない。全く関係のない、それもテレビの中で活躍している女優さんのようになりたいと夢抱いて芸能界に入り込んできた少女たちとは生い立ちとしても、背景としても比べるのはさすがに無礼といったところか。ではそういった点で次の方について話をしていこうと思う。

ここで紹介するのは既に亡くなられている方についてだが、かつては国民的人気も獲得しながらグループは解散し、その後女優としてあらゆるドラマや映画に出演して見事なまでに大女優としての品格を手に入れる事になった方として、『田中好子』のことを忘れてはいけない。追記しておくと、知らない人もいるかもしれないだろうが、恐らく中には国民的アイドルグループで活躍していたというのも知らない人はやはりいるはず。原点こそアイドルだが、生前においては女優という印象がとても強く、またそんな時期があったと思わせないような女優という貫禄を持ってして安定した人気を獲得していたことも有名なところ。

国民的アイドルグループとは一体なんぞやというと、筆者も世代ではないが1970年代において活躍した『キャンディーズ』のメンバーだったという。聞いたことがないという人についてはこの際いいとしても、当時はそれこそアイドルとして活動していたが田中好子さんは歌手としても評価されていたという。それもそう、キャンディーズがデビュー当初は田中好子さんがセンターを務めていたが、ファン層が年下だったことも合ってお姉さん系を重視するために変更したことで人気となったことでも知られている。そういう意味では折角の晴れ舞台を台無しにされたとも取れなくもないが、そういうわけでもないようだ。

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解散後、一時は引退した

キャンディーズとして圧倒的な知名度と国民的人気を獲得するようになったが、その忙しさがあまりに殺人的で、睡眠時間が1日数時間取れるかどうかも分からないほどに酷使されていたという。その影響もあって解散を決意したが、事務所などの関係者が許さなかったという災難にも見まわれながら、何とか解散が成立した。

解散後は各々が一般人として普通の生活を営んでいたが、田中好子さんに関しては引退を発表してから2年後の復帰になった。キャンディーズ解散発表時の名セリフ『普通の女の子に戻りたい』は広く知られているが、その言葉通り解散後はメンバー全員が芸能界から離れていた。しかし田中好子さんと伊藤蘭さんの2人は引退から数年後に芸能界へと復帰し、伊藤さんについては現在でも活動を続けている状況だ。田中好子さんも復帰を決意し、当初はCDを発売するなどしていたが、後に女優という道一本に限定される。

病魔に侵された弟のため

そもそも田中好子さんが芸能界に復帰したのは、病に倒れていた弟さんの言葉が後押しとなったと言われている。そのことについてお笑い界の重鎮たる萩本欽一さんの言葉も合って再度芸能人生を歩むことになったという。こう考えてみると、そうした背景が存在していなければ田中好子さんは芸能界に復帰すること無く、一般人として生活していた可能性があるというのだ。

だがそれもやむ無しかもしれない、何せキャンディーズ時代はその殺人的スケジュールが何よりひっかかっていたと見るべきだろう。睡眠も取れない、まともな生活も出来ないであれば、人としての生活が出来ない芸能界に未練を感じることもないだろう。ただそれは田中好子さんだけが感じていたことであって、弟からすれば姉がテレビで活躍する姿は誇りであり、勇気にもなったのかもしれない。そうして戻ってきた芸能の世界で田中さんは新たな境地、すなわち女優として開花する。

アイドルになりたーーーい

お母さん役が多いのに

田中好子さんを筆者が知ったのは安達祐実さん主演の『家なき子』で、主人公の不治の病に侵されたお母さんとして出演していたことで知るようになる。子供ながらに衝撃的だったが、もちろん当時は物語の大部分を理解しないで見ていたというのだから、少しセレクトが間違っていたのかもしれない。その後も度々田中好子さんをテレビで見かける時は何かとお母さん役として出演しており、また業界としても非常に小回りがきく女優として重宝される存在になっていった。

演技力に定評が合ったというのもそうだが、もう一つ驚く点が結婚こそしていたが田中好子さんには実の子どもがおらず、出産経験すらないというのだから驚きだ。結婚相手の連れ子である継娘はいたが、実子に恵まれなかったもののその母親としての演技力に大勢の俳優たちと長い間交流関係を築き、田中さん自身も自分の本当の子供のように可愛がっていたという話も有名だ。

そんな田中好子さんの人生に影をさしたのが、乳がんという存在だ。発症したのは1992年、まだ40歳になる直前の病気発覚に賢明な闘病生活を長らく過ごすこととなる。それは19年という長き時間を掛けたが、医療技術の進歩も虚しく届かず、帰らぬ人となってしまった。

死の前夜にはキャンディーズ時代の盟友たる伊藤蘭さんと藤村美樹さんが訪れて名前を呼び続けたが、願いは届かなかった。田中好子さんが無くなってからもう4年という歳月が流れたと思えば早いかもしれない、そして今でも存命であれば既に築き上げた女優としての人生を謳歌していただろう。